2:病状を正確に知ろう!
PAGE CONTENTS
■ 検診から病態確定まで
● 従来の検診フローチャート
● 近年の検診フローチャート
● MRI検査
● 標準的生検
● MRI/超音波融合生検
■ 病態の判定指標
● PSA
● 病期(ステージ)
● グリソンスコア(GS)
■ 「リスク分類」とは
● パーティン・ノモグラム
● 「リスク分類」
■ 「リスク分類」の個別解説
● 低リスク
● 中リスク
● 高リスク
● 超高リスク
■ 転移がん
検診から病態確定まで
従来の検診フローチャート

注:上図でPSA2.5に絡むフローは、50歳未満の比較的若い人の場合です。
PSAの値は、健康であっても年齢とともに上昇するのが一般的で、PSA基準値も一律
4.0とするのではなく、年齢に応じて変化させるべきだという考え方もあります。
前立腺がんの診断においては、がんを見落としてもいけないが、だからと言って、基準値を少しでも越えれば
即「生検」(針生検とも言う)というのもちょっと乱暴な話です。
グレーゾーンで生検をした場合、がんが見つかる確率(陽性率)はせいぜい10〜25%程度ですから、
画一的な生検の適用では、不必要な生検の増加とそれに伴う過剰治療が懸念されます。
要は医師がどれだけ丁寧に補助的判定要素を検討し、総合的な判断を下すかに掛かっています。
直腸指診、超音波検査(エコー)、年齢、血縁者の前立腺がん病歴の考慮は当たり前ですが、
下記の 補助的判定要素 も加味して、総合的な判断を下して欲しいものです。
補助的判定要素
・PSAD(PSA密度orPSAデンシティ)
PSAの値を前立腺の体積で割った値、大きいほどがんの可能性大。(0.15以上:要注意)
・F/T比(遊離PSA比率 = 遊離PSA/総PSA = フリーPSA/トータルPSA)
低いほどがんの可能性大。(15%以下:要注意、7%以下:がんの可能性)
・PSA速度(PSADT:ダブリングタイム、PSAV:ベロシティ=年間上昇値)
過去のデータより、PSA上昇の速度をチェックする。早いほど要注意。
グレーゾーンであっても、基準値に近ければ、定期的にPSA検査を受けながら様子を見るという手もあるはずですが、
即「生検」と告げられたら、その判断の根拠を医師に尋ねてみてはいかがでしょうか。MRIを先にやって欲しいと申し入れても良いかも知れません。
上のチャート図はこれまで良く用いられてきたものですが、近年は様相が変わりつつあります。
近年の検診フローチャート

MRI検査
従来、MRI検査の役割は、がん病巣の検出ではなく、確定診断後に病期判定の一助として、がんの進展度の診断に用いられていましたが、近年は、MRIの性能と画像解析の手法に著しい進歩が見られるようになり、生検より先にMRIを用いてがん病巣の表出を試みることが増えてきました。1.5テスラ以上の(できれば3テスラが望ましい)磁力強度を持った機種を有することが前提ですが、T2強調画像以外にも、拡散強調画像(DWI)やダイナミック造影画像など,複数の機能画像を組み合わせた「マルチパラメトリックMRI」という撮像法を行える施設であれば、かなり正確に前立腺がんの部位を(内腺部分の早期前立腺がんであっても)特定する事が可能となっています。あらかじめがんの有無を予知できれば無用な生検を減らすこともでき、生検時の傷跡によりがんの判定がしにくくなるのを防ぐこともできるわけです。
骨転移の判定については、通常は骨シンチが用いられていますが、MRIによる全身拡散強調画像「DWIBS」は骨シンチを上回る精度を持っており、今後はより詳細な検査が必要な場合には、従来の骨シンチに代わりMRIが用いられる機会が増えて来るかも知れません。被爆がないのは利点ですが、うるさいという欠点もあります。
標準的生検
前立腺に針を刺しその組織を採取、病理医が顕微鏡で観察し、がん細胞の有無とその悪性度を判定するもので、前立腺がんの確定診断にはこれが必須とされています。直腸に超音波診断用プローブを挿入し、モニターに表出される超音波の2次元画像を見ながら、がんが発生しやすいと思われる箇所を狙って、バイオプシーガン(生検銃)で、直腸式は直腸の内腔から、会陰式は股の間から、半ば感に頼りつつ針を打ち込み試料を採取する方法です。

2次元の超音波画像では、一般的に、前立腺の輪郭や小さな病変は分かりにくいと言われており、組織の採取部位は、医師がイラストを描いて記録しているので、再検査でも元のデータとの比較が困難ですが、多くの施設では、まだこのやり方で生検が行われているのが現状です。
MRI/超音波融合生検
近年は、先に写したMRIの画像データを生検時の超音波画像と融合し、がん細胞の位置を確認しながら狙った位置に針を刺す「MRI/超音波融合生検」が注目されています。「MRI/US融合生検」「フュージョンバイオプシー」あるいは「ターゲットバイオプシー」とも呼ばれています。PSAが高いにも関わらず、標準的生検を繰り返してもがんを発見できない方が時々おられますが、そのような方には、この「MRI/超音波融合生検」をお勧めしています。

*「MRI/超音波融合生検」の実施施設は こちら から
病態の判定指標
前立腺がんの病態を理解するのに重要な三つの判定指標があります。
病期、PSA、グリーソンスコア(GS)がそれで、これをしっかり覚えておけば、病状を伝えるのにまず不自由はありません。
病期・PSA・グリーソンスコア(GS)、それぞれの概念をご理解いただくため、多少強引ですが、
ドライブ用語にたとえて話をしてみましょう。
・病期=走行距離・・・進展の度合い。進みすぎるとスタート地点に戻ることは難しい。
・PSA=エンジンの回転数と排気量・・・がんの活性度と病巣体積を推定できる。
・グリーソンスコア(GS)=ドライバーの性格・・・人もがんも性格はさまざま。
どんな性格のドライバーが【GS:グリーソンスコア】
どのくらいの排気量の車に乗って、どんな勢いで【PSA】
どこまで走ってきたか【病期】
この3つ(【病期】【PSA】【GS】)が前立腺がんの病態を知る重要な指標となります。
内分泌療法で、排気量(がんの体積)を小さくしたり、走行スピード(活性度)を落としたりすること(=PSAのコントロール)は大抵簡単にできますが、
ドライバーの性格(=GS)までは変えることができません。
危険な道へ迷い込みどれだけ進んできてしまったか(=病期)は、
再び正しい道へ戻ることができるかどうか(治癒しうるかどうか)の判断に大いに参考となりますが、
予後の良し悪しは、病期だけではなく、PSAとGSにも深い関係があることが知られています。
PSA: がんの活性度と病巣体積を推定
・PSAとは前立腺の上皮細胞から分泌される糖タンパク質で、精液のゲル化に関係していると
言われています。がんがあると血液中に漏出するPSAの量が急激に増加するため、前立腺が
んの判定指標として広く用いられています。前立腺特異抗原(≠前立腺がん特異抗原)と称さ
れる通り、がん以外、たとえば炎症や肥大あるいは機械的な刺激に対しても一定の反応を示す
ので、その特異度(陰性のものを、正しく陰性であると判定する確率)は高くありません。
もう少し平たく言うと、PSAが高くてもがんとは限らないということです。
単位はng/ml(ナノグラム/ミリリットル)
・PSA値は上昇時、常態時とも個人差が大きく、PSAの数値だけから病期を予測することは
困難です。PSAの値が3桁(数百)や4桁(数千)で見つかる人も居られます。
たとえPSAが高かろうと、落ち着いて対処法を考えましょう。
PSAの上昇は、内分泌療法でコントロールができる場合がほとんどです。
ただし長期にわたると耐性が生じてきて、コントロールが効かなくなってきます。
・「4以下:ほぼ安全、4〜10:グレーゾーン、10以上:がんの可能性あり」と言われますが、
厳密な区分ではありません。高齢者ほどPSA平常値が高いので、若い人(50歳未満)の場合、
グレーゾーンの下限値を2.5〜3.0に引き下げるべき、という提案もなされています。
グレーゾーンなら「針生検」となることが多いのですが、がん陽性率は3割以下、たとえがん
でもおとなしいケースが多い。ならばあわてて針生検を受けないで、「経過観察」(一定期間
ごとにPSA検査)とするのも一つの選択肢です。前立腺がんならPSAはその後もじわじわ上
昇することが多いのですが、体質的なもの、前立腺肥大による場合はほぼ一定値を保ちます。
・前立腺がんは「腺がん」(がんの種別)が9割以上を占めますが、まれに「小細胞がん」等で
PSAが上昇しにくいタイプのがんもあります。
PSA値が低いだけで安全、もしくはおとなしいがんと言い切れるものではありません。
下表はPSA値の意味を、一目で判りやすく大雑把にまとめた表です。あくまでイメージを説明する図表に
すぎないので、根拠を問われても答えようがありません。がん陽性率も資料によってその数値が異なります。
下表では便宜上何段かにPSAを分類していますが、PSA値とがん陽性率の関係は、全体的に右肩上がりの
相関関係を示すだけで、実際にはどこにも「閾値」は存在しません。
PSA4〜10の範囲を、以前は「グレーゾーン」と呼んでいましたが、閾値(実態)がないためこのような言葉もほとんど使われなくなりました。
PSAとはそもそもこうした大雑把な傾向を示すものと理解し、柔軟に受け止める必要があるでしょう。
表:PSA値

病期(ステージ): がんの進展の度合いを示す
日本ではこれまで、患者への病状説明は泌尿器学会が定めた”ABCD分類”を用いることが多かったのですが、近年は
”ABCD分類”はほとんど使われなくなり、世界共通で臨床状況をより正確に伝えられる”TNM分類”が使われることが増えてきました。
話を遡ると、PSAの普及と共に、従来の診断法では見つからなかったがんが発見されることが多くなり、
1992年のUICC(国際対癌連合)のTNM分類改定時に、T1c という分類が付け加えられました。
T1cは、”ABCD分類”で言うと病期Aとなりそうですが、臨床的に注意を要する病期未定状態であるため、
病期B0と表現されることが多いようです。
もし、このような判定を受けたなら、実際のがんの進展度を詳しく問いただしたほうがよいでしょう。
”ABCD分類”で病状説明を受けた方も、まだかなりおられると思います。
下の表は、近年の実情に合わせてTNM分類が中心ですが、ABCD分類も併記しておいたので、置き換えが可能です。
たとえば、病期(ステージ)B1と告げられた方なら、TNM分類ではT2a,N0,M0となります。
病期分類
生検や画像診断を元に告知される病期は、正しくは臨床病期(cT)と言います。
診断時に告げられる病期と言えば、すべてこの臨床病期のことですが、これは<仮の病期>と思っていただいたほうが良いでしょう。
これに対し、手術時に採取された組織を顕微鏡で調べ病理学的に判定した病期を病理病期(pT)と言います。
これが<真の病期>ですね。
インフォームド・コンセントにおいて「T2(正確にはcT2):限局がん」と説明を受けても、それは<仮の病期>であり真実はわかりません。
術後の病理検査で浸潤が見つかれば、<真の病期>すなわち病理病期は「T3(正確にはpT3)」となってしまうわけです。
前立腺がんには、後に説明しますが、「リスク分類」というものがあり、同じ限局がんでも、「低リスク」「中リスク」「高リスク」に
ざっくり分けることができます。
一般的には、「低リスク」では、臨床病期と病理病期が一致するほうが多いのですが、「高リスク」では臨床病期より病理病期のほうが
一段進行している場合が多いようです。
つまり、治療前に「限局がん」と言われても、高リスクであれば、実際は前立腺の被膜からはみ出している場合のほうが多いということです。
これは、患者にとって非常に大事なことだと思われますが、このような説明を丁寧にしてくれる医師は、極めて少ないのが実情ではないでしょうか。
放射線治療など、体内の組織を取りださない治療を受けた場合には、病理病期というのは判らないので、臨床病期が、最後まで唯一の病期となるわけです。
グリーソンスコア(GS): がんの性質の良し悪しを示す
前立腺がんの病巣は一塊ではなくミンチ状に分散していることが多く、またその細胞の種類も均一ではなく、
悪性度の異なる複数の細胞が混在しているのが普通です。
こうした前立腺がんの性質を臨床上簡便に把握する方法として、1966年、グリーソン(Dr.Gleason:米国)によって考案されたのが
グリーソンスコア(GS)です。
顕微鏡下でがん細胞の顔つき(構造異型)を判断し、
悪性度(1〜5、数字が大きいほど悪性)を判断しています。
異型細胞の占める割合の最も多いものの評価をプライマリーパターン、次に多いものの評価を(*)セカンダリーパターンと称し、
その両者の和をグリーソンスコアすなわちGS(2〜10)と称しています。
*注:セカンダリーパターンでは「次に多いもの」ではなく「一番悪性のもの」を優先表記するように変わりました。
2005年、ISUP(International Society of Urological Pathology)においてその分類法が改訂され、
現在はGS2〜4は事実上存在せず、GS5という評価も極めてわずかであり(2+3、3+2はそれぞれが混在しており区別がつかないことが多い)、
近年の判定基準では、ほとんどがGS6〜10の範囲内で評価を下されています。
プライマリーパターンとセカンダリーパターンの両方を合せて表記する(例:「4+3=7」)のが正確な表現ですが、
簡単にその和「7」だけで表現する場合もあります。
したがって、同じ「7」でも「4+3」と「3+4」は意味が異なるわけで、もちろんプライマリーパターンの数値が大きい前者の方が
悪性度は高くなります。
・低リスク:GS= 5〜6 … おとなしい子
・中リスク:GS= 7 … 普通の子
・高リスク:GS= 8〜10 … 性質の悪い子(増殖が早く再発・転移しやすい)
低リスクに該当するGS6以下(高分化がん)は、異型細胞のなかでもかなり正常細胞に近い顔つきのもので、悪性度も低いのですが、
高リスクに該当するGS8〜10(低分化がん)は、成長が遅いと言われている前立腺がんの中でも比較的成長が早く、進展もしやすく、
また、予期せぬ被膜外浸潤・リンパ節転移・微小遠隔転移等が潜んでいる確率が高く、予後もおおむね芳しくないと言われています。
グリーソンスコア(GS)の判定は、プレパラートの顕微鏡視野、観察者主観に左右され、絶対的な物差しは存在しません。
セカンドオピニオンで「プレパラート持参」を要求されるゆえんもこのあたりにあります。
従来、前立腺がんの悪性度は分化度(高分化・中分化・低分化)で表現されていましたが、この分類はあいまいな面も多かったので、
最近は、グリーソンスコアそのもので、ストレートに表現するように変わってきました。
【表記例】・・・ 腫瘍が検出されたサンプルの番号すべてについて、次のように記す。
番号 第一パターン 第二パターン GS
#2 3 + 4 = 7, 占拠率40%(or 腫瘍長10mm)
2015年のISUPでは、これまで判りにくかったグリーソンスコア(Gleason Score)を、以下のようなグレードグループ(Grade Group)に変更することが決まりました。
このようになります。
・GG1=GS6以下
・GG2=GS3+4
・GG3=GS4+3
・GG4=GS8
・GG5=GS9,10
希少タイプのがん
40歳前後と言えば、前立腺がんの罹患者としては非常に若い方ですが、こうした人で(もちろん若い人ばかりとは限りませんが)
PSAが低いにもかかわらず早々と転移してしまうケースを散見しますが、始めから男性ホルモンの有無に左右されないという性質を持った特殊な種別のがんである可能性も考えられます。
前立腺がんは病理学的分類では「腺がん」がほとんどですが、このような場合、割合としては少ないものの「腺がん」でない(小細胞がん等)可能性があります。
このような特殊ながんでは、前立腺がんの標準治療が適用できないので、同類のがん細胞を持つ他種のがんを参考にするなど、
手探りの難しい治療となってしまいます。
前立腺がんはしばしば進行が遅いと言われますが、このようながんでは進行速度が早いケースもめずらしくなく、ともかく油断がなりません。
詳しくは転移・再発(再燃)がん を参照してください。
「リスク分類」とは
PSA検査が普及し始めたのはせいぜい20年ぐらい前ですが、
Dr.グリーソンが前立腺癌細胞の分類法「GS:グリーソンスコア」を始めて提唱したのは40年以上前に遡ります。
分化度が低い(GSの数値が大きい)と、患者の生命危険度が著しく上昇することは、PSA検査が普及する以前から、
我国の研究でも判っていました。(下表参照)
病期とGSによる生命危険度・・・厚生省(垣添班)がん研究助成金による研究
この表からは次のような事が読みとれます
・「病期T4&低分化がん」の生命危険度は、基準危険度「病期T1 & 高分化がん」の約9倍。
・「病期T2(T1)&低分化がん」の生命危険度は、「病期T3(T2)&高分化がん」を上回る。
・グリソンスコアのいかんにかかわらず、常に危険度が高いと言えるのは、周辺組織に浸潤が
及んでいる病期T4だけ。
PSA検査の普及後は、病期・PSA・GS の3者の相関関係の分析と研究が進み、
それらの関係を確率で示したノモグラム(数種類ありますが、代表的なのはパーティン・ノモグラム)が、米国で生まれました。
さらに、ノモグラムをベースにして、数種類の「リスク分類」が誕生し、治療法の選択も「リスク分類」を基に考えるようになってきました。
NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインも、
2002年以降は「リスク分類」に基づいて治療法を選択するツリー構造が採用されています。
日本泌尿器科学会による「前立腺癌診療ガイドライン」においても、2012年の改訂版から、「リスク分類」の考え方が取り入れられるようになりました。
診療ガイドラインでは、限局がんを低、中、高リスクに分けるD'amicoに類似した分類法が取られています。
国立がん研究センターの「がん情報サービス」は2013年11月に7年ぶりの大幅改訂が行われ、やっと「リスク分類」の考え方が紹介されましたが、
ここは、公的医療機関が提供する患者向けのウェッブサイトで、一般向けの情報としては最も信頼されると言われているサイトです。
しかしここで紹介されている「リスク分類」は、NCCNの分類であり、診療ガイドラインとの整合性は取れていません。
パーティン・ノモグラム
前立腺がんには、病期、グリーソンスコア、PSAという3つの重要なパラメータがあります。
これら3つを指標の組み合わせで、「リスク」を考察すればどうなるのか。
Dr.パーティンが、この考えに基づき、病期・PSA・GSの3つのパラメータを大規模な統計に基づいて分析したところ、
臨床病期だけではわからなかった隠れた浸潤や転移を、高い確率で予測できることが判ったのです。
そしてその結果を精緻な算出表としてまとめ上げ、パーティン・ノモグラムと名付けました。
米国ではこれを臨床の現場で広く活用しています。
パーティン・ノモグラムのより詳しい解説は こちら をご覧ください。
米国のデータがそのまま日本人にあてはまるかどうかについてはかなり異論もあり、2008年には、
日本版ノモグラムが開発されましたが、国内の臨床でにおいてもまだ普及しているとは言えないようで、
「診療ガイドライン2012」でも巻末に「資料」として掲載されているに過ぎません。
・日本版ノモグラム
この表をを見て気付くことは、「限局がん」だと告げられても、実際には浸潤がん(局所進行がん)である場合が、予想以上に多いということです。
例えば、中間リスク”T2b、PSA=5、GS=4+3”のような場合では、限局率は41%(27-56%)に過ぎないので、
実際には(病理検査の結果は術後に知らされます)限局がんではない(大部分は浸潤がん、一部は転移がん)可能性のほうが高いわけです。
「限局がんなら切り取るのが一番」と言われ、手術を受けてみたところ、実際には浸潤があり、T2bと言われていた病期が術後T3aに変わったというのは
良くある話で、同時に断端陽性(取り残しがあるということ)があったと告げられ、悔しい思いをするケースも珍しくはありません。
中リスクでもこれですから、高リスクではなおさらです。
例えば”T2c、PSA=15、GS=8”であれば、限局率は34%、浸潤率46%、転移率20% です。
前立腺癌診療ガイドライン(2012)では、手術が勧められる病状として根拠のあるのは低・中リスクであり、
高リスクに対しては根拠はないと言っています。
ノモグラムというのは、あくまで統計上の数値ですから、個人によるバラつきはもちろんあるわけで、
実際の運用に当たっては、そこまで厳密にする必要性があるのかどうか・・・医師の立場とすれば
患者一人一人に対し、一々このような表を調べるというのも実際は面倒な話かも知れません。
コンピュータで3要素(病期、PSA、GS)を入力すれば、直ぐに判るようにしておけば良いと思うのですが、
我国ではまだそのようなコンピュータソフトは使われていないようです。
(米国ではパーティンモノグラムの活用ソフトが実際に使われています)
ノモグラムをもっと単純化し、実用的にしたのが「リスク分類」と言っても良いでしょう。
「リスク分類」
パーティン・ノモグラムの普及と共に、病期と同様、PSAやGSも再発のリスク、
ひいては生命の危険度に深くかかわっており、治療法の選択も、
これら3つのパラメータの組合せで決まる「リスク分類」に基ずいて行うべき、
という考え方が、2002年頃から欧米を中心に広がり始め、NCCNのガイドラインもこの方式に変わりました。
しかし、日本では、治療法の決定にあたって病期のみを重視する傾向が長く続き、
2006年に始まった「がん情報サービス」でも「リスク分類」には触れらておらず、2013年の大幅改訂に至るまでは、
どの医療機関等のHPを見ても、「リスク分類」を正面から取り上げたものは見当たりませんでした。
「リスク分類」にも数種類ありますが、有名なのは NCCN と D'Amico です。
* NCCN と D'Amico のリスク分類の比較
「診療ガイドライン2012」で採用されたのは、 D'Amico(メイン)の分類に倣い、限局がんを
低、中、高リスクに分け、さらにT3a以上の進行がんを超高リスクとして規定するものでした。
NCCNでは、低リスクにさらにいくつかの条件を加えた 超低リスク という区分もあるのですが
(監視療法を利用しやすくする為、2010年にこの分類が設けられた)、
このたびのガイドラインでは 超低リスク という概念は用いられておりません。
この「前立腺がんガイドブック」は、これまではすべてNCCNの分類法に倣っていたわけですが、
「診療ガイドライン2012」との整合性を重視し、分類方法をそれに合せて変更しました。
病期、PSA、GS、それぞれの「固有リスク」(診療ガイドライン2012による)
病期(T分類)、PSA、GS(グリーソンスコア)
この3つのパラメータの組合せによって「リスク分類」が決定します。
<リスク分類> <リスクの組合せ>
低リスク群 ・・・ 三つのパラメータすべてが「低リスク」である場合
中リスク群 ・・・ 他のリスク群に属さないものすべて
高リスク群 ・・・ パラメータの少なくとも一つが「高リスク」である場合
超高リスク群 ・・・ 病期がT3a〜T4の全て(他のパラメータに関わらず)
・各パラメータの固有リスクと、「リスク群」を混同しないように。
リスク群もしばしば「群」を省略して用いられますから注意を要します。
・転移(再発)がんは別格。上記のリスク分類には含まれておりません。
転移(再発)がんの解説は こちら をご覧ください。
上記の表(「診療ガイドライン2012」に基づく「リスク分類」)を
わかりやすく図解すると次のようになります。
「リスク分類」の図解(早見表)

「リスク分類」の個別解説
低リスク(群)
前立腺がんで「低リスク群」と言われれば、がん=死という恐ろしいイメージを一新する良いチャンスかも知れません。
治すつもりならほとんどの場合完全に治せるのですが、低リスク群では積極的な治療を必要としないがんもめずらしくないのです。
鋭敏なPSAマーカーが用いられるようになってから、ごく初期で発見される小さな前立腺がんが増えてきて、
前立腺がんの生存率も良くなって来ているのですが、それは同時に、健康上何の影響も及ぼさない「ラテント癌」
の発見も増えていることを意味しています。
50歳以上の健康な男性を死後解剖(剖検)するとすれば、ほぼ1/3から前立腺がんが見つかるそうで、
これは直接死因になっていないがんをラテント(潜在)癌を知らずに抱えている男性がいかに多いかを示しています。
がんの存在を知らないままなんの不自由もなく一生を終えてしまう方もめずらしくないわけで、
病理的には存在が確認されるものの、健康上何の実害もないラテント癌に対して行われる無意味な手術は、
近年手術全体の約2割を占めているのではないかと言われています。
しかし、手術をすれば、たいてい何らかの副作用が残りQOLの悪化を招くわけですから、このような過剰治療は患者にとっては困ったことであり、
もし、副作用の弊害を被らずに健康に過ごせる手立てがあるとすれば、それに越したことはないわけです。
これまでの研究によると、余命10年以下と思われる高齢者(米国では70歳と考えるが、日本人場合は75歳程度と考えることが多い)なら、
低リスクがんであらば、無治療のまま忘れ去ってしまってもほとんど影響がないだろうと言われています。
超低リスク(群)
2010年以降、NCCNのガイドラインでは、低リスク群の中でもとりわけリスクが低いと思われるものを「超低リスク群」(very low lisk)と分類し、
以下の二つの理由から、年齢とは関係なく「PSA監視療法」を第一選択として強く勧めるようになりました。
@ほぼ確実に「ラテントがん」と言えること
A過剰治療をできるだけ避けたい
「超低リスク(群)」の要件とは、「低リスク群」に必要な要件を備えていると共に、以下の要件のすべてを満足する場合です。
・生検コアサンプルの陽性が3本未満
・陽性コアの癌占拠率が50%以下
・PSAデンシティ(PSA値をPSA体積で割ったもの)が0.15以下
<主な標準治療>(低リスク群)
・PSA監視療法 こちらを参照
・小線源(単独)療法
・外部照射
・前立腺摘除術±リンパ節郭清
中リスク(群)
基本的には「中リスク」もさほど恐れる必要はありません。
治療法にも多くの選択肢があり、ほとんどの場合で十分完治が望めます。
手術と放射線療法では10年生存率に差はないと言われており、医師まかせでもおそらく命だけはなんとかなる、というのがこの「中リスク」でもあるのですが、
問題はその10年が、がんから解放され精神的にも明るく過ごす10年なのか、再発を経験しホルモン療法を続けながらの鬱々とした10年なのか、
その違いにはなんら触れられていないということです。
中リスク程度であれば、PSA非再発率を比較した場合、手術ではせいぜい70〜80%止まりですが、しっかりした高精度の外部照射あるいは小線源療法(外部照射併用が多い)であれば
10年でも90%以上の非再発率が望めるようになってきました。
どの治療法にも必ず一長一短があり、良い面ばかりを見て、マイナス面の検討を怠ると、思わぬ後遺症(副作用)を背負ってしまう恐れもなきにしもあらずです。
がんと告げられた驚きとあせりから、とかく「命さえ助かれば」という短絡的思考に陥りがちですが、
大切なのはまずはあわてないこと。そして冷静に、非再発率が高く、副作用の少ないであろう治療法を選ぶべきです。
さらに言えば、同じ治療法でも技術レベルにはかなりの開きがあるので、できるだけ確かと思える医療機関を選ぶべきです。
がんで悩んでいる最中は、治療後の生活までなかなか思いが行き届かない場合も多いと思いますが、治療後の時間の方が圧倒的に長いわけです。
後に残る副作用の程度というのがいかに大切か、目の前のがんだけにとらわれず、被る可能性のある副作用と、どのように付き合えば良いのか、術後のQOLも十分に考慮した上で、
自らの意思で治療法を選択してください。これが出来るのは医師ではありません、ほかならぬあなた自身です。
もしもあなたが精神的に追い詰められているとしても・・・私もそうでしたからやむを得ませんが・・・
今しばらく、できるだけ落ち着いて、ご自分にとって最も良いと思われる治療法をじっくり選んでみてください。
だいじょうぶ、精神的に苦しいのはほんの数ヶ月、
繰り返しますが、それに引き換え、術後の副作用に悩むのはもっとはるかに長い年月です。
慌てる必要はありません。
きっと来年の今頃は、現在の心痛がうそのように思えてくることでしょう。
<主な標準治療>
・PSA監視療法(期待余命10年未満に適用)
・小線源(単独)療法
・小線源療法+外部照射±短期(4-6月)内分泌療法
・外部照射
・前立腺摘除術±リンパ節郭清
高リスク(群)
たとえ高リスクでもまだまだ完治が望めます。
病期がT2b以下でも、PSA又はGSのリスクが高い場合、あるいは、
病期がT2cであれば、PSA、GSは何であろうと「高リスク」に分類されます。
ただ、注意しなければならないのは、「高リスク」の場合は、手術時の病理検査で新たに浸潤・転移が発見され、
始めに(臨床時に)告げられた病期が一段上に変更される場合も少なくないということです。
臨床病期がT2であっても、浸潤が見つかればT3a(超高リスク)に訂正されます。
手術結果によって臨床時の病期判定が覆る例は、PSA、GSの値が大きいほどその確率も上昇すると言われています。
手術で、再発の可能性が高いと判断された場合には、放射線療法との併用という判断に切り替わることもありますし、
全摘の後、PSAが下がりきらない場合には、内分泌療法に頼るか、リカバリーとして放射線療法を行うかの選択を迫られます。
日本では、高リスクであっても手術を勧められるケースが多いようですが、NCCN(米国)では放射線療法のほうが優先的に考えられています。
前立腺がん診療ガイドライン2012年でも、エビデンスレベルは放射線療法に分があるとされていますが、
実際には手術を受ける患者のほうが多いのが現実です。
放射線治療医が少ないということもありますが、最初に患者と向き合う泌尿器科医の説明が不十分がことも、その原因の一つだと思っています。
高リスクであれば、限局がんという説明を受けていても、限局がんではなくなんらかの浸潤や転移が隠れている確率のほうが
圧倒的に多いわけですが、それを説明せずに「切るのが一番確実」という説明をし、そのあげく多くの患者が再発に見舞われているという現状があります。
専門医を信じて頼ることができれば、患者としてこれほどありがたいことはないわけですが、必ずしもそうとはいかないことも多いので、
心ならずも一度は疑ってみる慎重さも必要でしょう。
新車を買う時はあれこれ調べるくせに、がんの治療は他人まかせというのは、腑に落ちません。
だれの命、誰の身体でもない・・・あなた自身の命と体なんですから。
<主な標準治療>
・外部照射+長期(2-3年)内分泌療法
・小線源療法+外部照射±短期(4-6月)or長期(2-3年)内分泌療法
・全摘除術+リンパ節郭清
超高リスク(群)
T3a(局所浸潤)〜T4(周辺臓器浸潤)の全てがこのカテゴリーです。
PSAとGS、二つのパラメータの比較では、どちらかと言えば GSのほう(低分化がん)が要注意と考えられています。
転移・再発がんは別格として、最も再発の危険度の高いこのクラスは、数年前までは完治が困難と言われていましたが、近年は放射線技術の進歩もあって、
完治も望めるようになってきました。
このカテゴリーでの治療法の本命は、やはり放射線治療でしょう。
高精度外部照射で言えば、画像誘導付きが望ましく、長期ホルモン療法の併用は必須です。
治療成績は照射線量によって大きく変わります。線量は高いほど良い(再発率が低くなる)ことが分かっており、1回2Gyの多分割照射では、74Gy以下では心もとなく、
76Gy〜80Gyぐらいが望まれます。
放射線治療の前に(ネオアジュバント)数ヶ月間内分泌療法を施すのはほぼ共通しているようですが、
治療後にも(アジュバント)内分泌療法を継続するかどうかには、医療機関によって違いがあるようです。
米国NCCNでは、(超)高リスク群においてはホルモン療法の長期(2〜3年)併用が標準とされています。
高精度外部照射に劣らないと注目度があがりつつあるのが、小線源療法、外部照射、ホルモン療法の3つを併せた治療法で
トリモダリティと呼ばれているものです。
小線源の弱点(大きな浸潤や微小転移には対応できない)を外照射に肩代わりしてもらうという消極的な意図のみでなく、小線源と外照射を重ねることにより、
局所に、外部照射、あるいは小線源単独ではとうてい考えられないほどの超高線量を与えることができるのが特徴です。
高精度の外照射では、直腸を避けることは可能だが、前立腺内の尿道をかわすことはやはり難しいので、前立腺内のブースト照射には一定の限界があるのですが、
それを小線源で行うと、前立腺内の尿道をさほど気にせず、ブースト照射がうまくいくというメリットもあります。
小線源療法のできる施設は140カ所ほどありますが、これがきちんと出来るのはせいぜい1〜2割に留まっているので、施設(担当医)の選択が重要となってきます。
画像診断で見つけられない(医療技術の限界)「微小な遠隔転移」が潜んでいる場合は完治は望めませんが、
治療前からこうした神のみぞ知る事に思い悩んでみても所詮仕方が無いことです。
「微小転移」があった場合、治療後もPSAは下がりきらず、内分泌療法をしない限りPSA値はそのまま上昇を続けます。
局所浸潤がんなら、たとえトリプルハイリスクであっても、希望をすてず完治を目指しとことんがんばりましょう!
リスクが高くとも、落ち込んでいてはいけません。ハイリスクと告げられた以上、始めは顔がひきつっても止むを得ないのですが、常に"笑顔"と"前向きの姿勢"が大事です。
健康食品や民間医療で医学的根拠のあるものはまずありません。そんなものに飛びつくぐらいなら、にこにこ笑って暮らすほうがよほどましでしょう。
笑いは免疫活性を刺激し精神状態を活性化すると言いますし、まかり間違っても決して毒にはなりませんから。
<主な標準治療>
・外部照射+長期(2-3年)内分泌療法
・小線源療法+外部照射±短期(4-6月)or長期(2-3年)内分泌療法
・全摘除術+リンパ節郭清
・ホルモン療法
転移がん
上述の「リスク分類」というのは、限局がん・局所進行がんを対象としているので、転移がんはこれらとは別の、さらにハイリスクな分類となります。
もし画像検査で、リンパ節転移、骨転移、臓器転移が見つかれば、病期としては最も進んだ「転移性前立腺がん」という判定となり、これらは明らかに「別格」扱いとなります。
こうなると、もはや局所治療での治癒は難しく、全身療法である薬物療法がメインとなりますが、ただし、すべてがそうと限られているわけではありません。
転移巣がほんの少数にとどまっている、いわゆる「オリゴメタ(少数転移)」という状態では、
放射線治療が有効な事例も少なくないので、もし、医師から内分泌療法を勧められても、それに甘んじるかどうか、今一度、じっくり考えてみても良いのではないでしょうか。
さらに詳しくは、第4章のこちら「転移がん」をご覧ください。
<主な標準治療>
・ホルモン療法
・外部照射+長期(1-3年)内分泌療法:オリゴメタの場合